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医学衷中参西録 小柴胡湯から少陽枢機と三焦を考える

執筆者の写真: 備忘録 東洋医学
備忘録 東洋医学
10月26日
読了時間: 2分
小柴胡湯から少陽枢機と三焦を考える

張錫純『医学衷中参西録』の「治傷寒方」を手がかりに、小柴胡湯から少陽枢機と三焦を考えます。陳修園・唐容川の注釈を参照しながら、少陽の「枢転」という概念を軸に、三焦・膜網・腠理の関係を整理しました。

小柴胡湯は本来少陽の方ですが、太陽・陽明・厥陰篇のいずれにも用いられます。『黄帝内経』は「太陽為開、陽明為闔、少陽為枢」と述べ、少陽を扉の回転軸である蝶番になぞらえました。どれほど立派な扉も、蝶番が錆びつけば開くことも閉じることもできません。少陽は単なる中間の位置ではなく、開と闔という相反する動きを成り立たせ、病態の進む方向を切り替える「ゲームチェンジャー」として働くと考えられます。

条文37・96・97・144・148・149・229〜231・266・379を、唐容川・陳修園の注釈とともに読み、枢機の働きを確かめます。張錫純は小柴胡湯を発汗剤とは見ず、三焦と膜網を宣通して上焦を通じさせれば、津液が下り胃気が和して自然に汗が出て解すると説きます。誤下の後や気虚の人には人参を用いて太陰への伝変を断つこと、粘涎を吐くことを診断の目標とすることなど、臨床的な指摘も紹介しています。さらに、少陰にも枢があることから、少陰心腎が少陽の枢転を支える可能性についても考察しました。

少陽が働く場として、唐容川は三焦を「連網(膜網)」ととらえ、その根は腎中に生じ、脇下の板油や膈膜を経て心肺へ連なると説明しました。宋元以来「名あって形なし」と言われ続けた三焦に、ようやく住所が与えられたともいえます。膜網・膜油・膏油・網油・板油については、腹膜・腸間膜・大網・後腹膜などの現代解剖との比較も試みています。

後半では、細野史郎の「胸脇苦満は横隔膜症候群である」という研究を接点に、上焦・中焦・下焦の臓器や心理的な要因が横隔膜を介して胸脇苦満を生むことを整理しました。間質やファシア、ディープ・フロント・ラインを手がかりにミクロ三焦とマクロ三焦という仮説を示し、柴胡桂枝湯・大柴胡湯・四逆散などの加減方・変方へと臨床の展開を結びます。少陽を三焦という場と枢という機能の両面からとらえ、小柴胡湯の応用の広さを改めて考えてみたいと思います。

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