張錫純:資生の処方と山薬について
- 備忘録 東洋医学
- 6月7日
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強い補薬ほど胃が受けつけない——その壁を越えたのが、穏やかな山薬だった。本稿では、『医学衷中参西録』における「資生」の思想を基礎として、張錫純が山薬をどのように位置づけ、臨床で重用したかを考察しています。資生とは「生命を資(たす)ける」ことであり、その源は五穀にあります。そこからさらに、生体を長く保ち、気血津液精という生命素材を生み出す補益薬が、資生を担う生薬として発展していきます。とくに脾胃の運化を助け、飲食物を気血へと転化させる働きが、資生の根幹であるとされます。
張錫純は補益の中でも補陰を重視しました。補陰とは、血や津液、精といった身体の潤いを補い、過剰な熱や緊張、消耗による乾燥を内側から鎮め、臓器や組織の機能を回復させる治療です。その補陰薬の中で、張錫純がとりわけ重視したのが山薬でした。山薬は甘平で肺・脾・腎に帰経し、補気と養陰を同時に行うことができる、きわめて穏やかな生薬です。滋性が強すぎず、胃腸に負担をかけにくいため、衰弱した患者にも用いやすいという特徴を持ちます。
山薬は脾を補って下痢を止め、肺を養って慢性の咳を改善し、腎を補って精や尿を固摂するなど、三臓を同時に支える作用を有します。また、軽い収斂作用により、頻尿や帯下の改善にも寄与します。さらに消化酵素や粘膜保護作用を持ち、食欲不振や消化力低下を伴う症例において、栄養の吸収を助ける点も重要です。
張錫純は、極度に痩せ衰えた陰虚労熱の症例に対し、山薬を君薬とする独自の資生湯を創案し、また大量の山薬のみを用いる一味薯蕷飲なども用いました。これは、強い滋補薬がかえって胃に受け付けない患者に対しても、山薬であれば脾胃を守りながら生命力を補えると考えたためです。山薬は過量で腹満を生じることがあるため消導薬の併用が望ましいものの、消耗と乾燥が極まった状態では、穏やかに生命を支える代表的な「資生の生薬」であると結論づけられます。滋養しすぎず、脾胃を守りながら生命を支える。山薬こそ“資生”の一味。

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