胸苦しさを問う
胸苦しさは、心や肺だけでなく、胸郭を構成する器官や、横隔膜に接する胃・肝の異常からも起こります。本稿では病因と方剤を整理したうえで、「胸が苦しい」という感覚そのものを、内臓感覚とポリヴェーガル理論から考えます。
胸悶は「胸内苦悶」ともいい、胸がつまって張る苦しさを指します。古代には胸も胃脘部も「心」と呼んだため、「胸痞」と「心下痞」は混同されがちです。病因は心臓、呼吸器、胃腸、背部・肋間の筋、心理的要因の五つに大別できます。
方剤は病位で使い分けます。心不全には木防已湯、狭心症には瓜呂薤白白酒湯や血府逐瘀湯、不整脈には炙甘草湯や苓桂朮甘湯。肺では小青竜湯や麦門冬湯、脾胃では茯苓飲や半夏厚朴湯。肋間の凝りには四逆散、結胸には柴陥湯を用います。
胸苦しさという感覚は、体性感覚よりむしろ内臓感覚から湧き上がるものです。迷走神経の八割は上行性の感覚繊維であり、臓器の声を脳へ吸い上げています。ポリヴェーガル理論は、この迷走神経を腹側と背側に分け、交感神経とあわせた三つの状態として自律神経をとらえ直しました。
半夏厚朴湯が咽のつまりだけでなく動悸や胸苦しさにも効くのは、咽喉頭部に分布する腹側迷走神経複合体の機能を整えるからではないか。そう考えると、苓桂朮甘湯が交感神経の興奮を鎮めて動悸を治すこととも、一本の線でつながります。
提示したパニック障害の一例と、アルコール依存症の一例は、いずれも極陽から極陰へ転じる自律神経の姿を見せてくれました。ただ、陰陽の均衡を五臓六腑の相互関係としてとらえる東洋医学は、二元論の発展形であるこの理論をなお超えています。こころの働きは「心」を代表とする内臓感覚から湧き上がるものだと、改めて申し上げたいと思います。

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